~ふくろう館生存日記EX、あるいは日記雑記2010~ 

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ダライアスバーストACと心の口数

前回日記を書いているのが3ヶ月前だとか。

かと思うと、既に連続出勤期間に入っているこんな時期に、帰って来てから出社まで6時間ちょっとしかないというのに日記書いていたりするのは、アーケード版ダライアスの13年ぶりとなる新作、ダライアスバースト アナザークロニクルの報にテンション上がりまくって眠くならないからです。
アケ担さんによると2画面、ボディソニックシートとのことで、ボディソニックで聴くHello 31337…!とか妄想が広がるところ。
いや、逆移植にあたるのか、PSP版曲輸入するかなどまったく不明でただのドリームなので、とにかく公式のカウントダウンが解禁されるのを待つばかりなのですが。

  *  *  *

さて、ブログ移行とほぼ同時についったーを利用しはじめた訳なのですが、出先で使えるツールということと、思ったことを思った時にという手軽さで、予想外にツイッターを使っていることが多くなりました。
(このブログも携帯から書き込みは出来ないものではないのですが、スマートフォンでないので携帯でテキスト打つのが面倒なのと、携帯の電池の減りがおそろしく早いので使ったことがないまま。)
呟いているのはブログのエントリ作るほどのネタじゃない、その時限りの話だったりはしますが。
実際にある程度会う友人達からなどは、私がツイッターをやるとは思わなかった、といったことは間々言われますし、実際、前の日記で自分でもリアルタイム系のコミュニケーションツールは向いていないのではとも云っているのですが、一方、「心の口数」を考えればむしろ向いているかとも。

この「心の口数」という表現、同僚に言ったところ、「それって内心、常に『マジむかつく!』と思っていたりとか?」と言われ「なんでそーなる!!」。
表現が適切かは分かりませんが、自分は「思考が言語化されている」タイプだと認識しています。
フツウそうだろう、とは思いますが、そうでない人も居るらしいというのは、考えていることが言葉に出てこないという人は、観念を言葉という形で固めないまま思考しているようですね。
両者のメリット・デメリットはそれなりに知られていたり想像に難くないかと思われますので割愛するとして。

自分の場合は、晩に何を食べるかから経済問題まで常に何かしらは考え事はしているのだから、頭の中で独りでずーっと喋っているのに近いと思います。
思い返すと、物事に対して感覚的に感じることはあまり意識に上らない。
コミュニケーションそれ自体を目的として会話をしようと思う質ではないので(我ながら解りにくい。つまり喋る時は会話の内容自体が主目的といえばいい?)、誰もフォローしている人が居なかったとしても常にツイートしているようなものなんじゃないかな。

私は、自分のことはかなり「心の口数」が多い手合いだと思っていますが、実際の口数についてももうちょっと黙っていればいいのにと自分に対して呆れる反面、解ったようなフリで主張をしないのは自分ではないなと思ったり。
いい歳して自重ができないオトナです。


持論として、
「人は理解し合うことは出来ないし、理解できると思っているならそれは幻想」
「幻想ゆえに勝手に相手に期待を持ち、そして失望する。なんたる身勝手」
「理解が及ばないのが当然であるからには、自分が理解できないものでも尊重するべき。論議を尽くしても折り合うとは限らないものが黙っていて通じる訳がないのだから、最大限に意思を伝える努力はするべき」
「でなければ、結果に責任を持った上で諦めるのみ」
と思っているので、自己主張に対して遠慮はあんまりしないのよ。
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